お侍様 小劇場

   “いない いない” (お侍 番外編 100)
 


政治も国際問題も、ついでに気候も不安定だったせいだろう、
経済界もなかなかに波乱の多かった日本のこの1年であり。
財政的な年度末は、ともすりゃ三月末かも知れないが、
異業種との連携も少なくはない商社では特に、
“決算”というものが否応無く迫ってくるのが歳末なので。
どちらかといや外商方面こそが活動の主軸でもある役員づき秘書室でも、
様々な活動へと活用させていただいた、
予算への査定は粛々として受けねばならぬし。
商社の顔役にあたろう級の皆様をサポートする部署だと言っても、
次年度歳出の予算というもの、
概算だけでも出しておいての根回しというもの、
多少は必要…になりもするがため。
すべきことは全てつつがなく手を打ち、
遺漏の無いよう心掛けるのがやっぱり基本。

 ……というわけなので

いかにも知的で紳士然とした雰囲気や、頼もしくも重厚な印象、
立ち居振る舞いにも凛とした冴えとさりげない気品の満ちた、
有能な切れ者がそのまま重職に就きましたという態の室長殿。
よくも悪くも経験豊富で、人脈も潤沢な壮年殿の、
時に独断専行、許可や認可も後から追いつかせよというよな、
よく言って臨機応変の利く、悪く言って“カミカゼ”的な裁量のみにて対処を断じ、
事態を動かすことも多々あるこちらの部署。
その“後から追いつかせた”辻褄が、
破綻なく整っているのかを、一応確認せねばならないのが結構大変。

 「あれま、10月の○○定例会のハイヤー代、
  こんなところに領収書がありましたよ。」
 「ハイヤー代?」
 「あの時って、確か間に合わない理事がいて、
  成田から飛ばしたのよね。」
 「え? 成田…でしたっけ?」

それじゃあこれどころじゃない額になりますがと、
合点の行かない事態へ、
小首を傾げる新人の男性秘書くんの言いようへ、

 「ああ、それなら。」

どこか報告へ出向いていた先から戻ったばかりなのだろ、
通りすがりの室長殿が。
シックなスーツにいや映える、それは深みのある笑みと共に、
気さくなお声を掛けて来ての言うことにゃ、

 「成田空港じゃなく、
  ホテルJの系列のJ−ナリタからおいでになられたのだよ。」
 「ああ、あの。」

千葉は幕張の向こうにある国際空港ではなく、
その手前の海上に浮かぶという、
何ともゴージャスな立地が売りの、高級ホテルの名前であり。

 「海上の高速ラインを使えば、こんなものですよね。」
 「そういえば、その理事は前夜に東京入りした方ですしね。」

だったら報告には支障もないこと、お騒がせしましたと、
笑顔を見せる新人くんへ、
こちらも鷹揚そうな笑みを返してから、
窓辺の席へと戻った島田室長殿だったが、

 “特別なヘリで成田からホテルJの屋上まで、
  直行で乗りつけたとは明かせなんだのだったな。”

海外におわしたその理事は、
現地で何やらきな臭い陰謀に巻き込まれてもおいでだったので。
いえいえ前夜から日本においででしたよという、
間接的なアリバイ作りも兼ねてた招聘。
本来、記録に残らぬチャーター飛行なんて、
まずは出来っこない空域なれど。
そこはそれ、隠れ簑も奥の手もいかほどにもお持ちの室長殿なので、
それを使って恩を着せたか、はたまた要人保護の必要から手を貸したのか。
まま、ということは、どこからどうつついても、
ほころびは出なかろう対処を取ってあるということでもあって。
今年度も問題はないままに決算を終えられそうな進捗を、
デスクへと届けられてあった数冊のバインダーにて確認しておれば、

  pipipipipi pipipi …

ずんと身近から立った微かなアラームは、
滅多には鳴らない、私的使用しかしてはない携帯電話から発したそれで。

 「…っ。」

はっとしたのも一瞬。
周囲の視線や気配がちらと集まりかけたのを感じつつ、
そのまま席を立つと、

 「いや、すまないね。」

家人が何かあったと掛けて来たらしいと言って、
奥に設けられた彼専用の執務室へ、颯爽とした足取りで向かう。
先にも並べたように、
何事へも卒のない筈な、こちらの壮年様にあって。
携帯をマナーモードにしておかなんだというのは、
あるまじき初歩的なミスではあるけれど。
掛かってきたものはしょうがないということか、
仕事の手もさして込み入ってはなかったからこその、この対応…と。
他の面々は あっさりそうだと片付けたようだったものの。

 「………。」

扉を後ろ手に丁寧に閉じながら、
その表情は…豹変という言葉をそのまま持ち出せるほど、
別人のそれのように堅い代物へと変貌していた勘兵衛であり。
それもそのはず、
私的だからこそ、これへ掛けてくる存在は、
究極の急用での呼びかけをして来たことになる。
そんなコールと断じられるのもまた、当人のみの特別な事情であり。
だということさえ、微塵も洩らさず、よくもまあ平静を保っていられたと。
そんな自分へも胸を撫で下ろしながら、
着信した電話に出てみれば、


  【 島田。】
  「久蔵か? 一体どうし…」
  【 シチが姿を消した。】
  「   な………っ。」


師走も半ばの、クリスマス直前。
倭の鬼神様には寝耳に水の、
途轍もない一大事が 勃発したようでございます。





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 *年も押し詰まり、クリスマスも間近いってのに、
  そして何より、小劇場 100話目だってのに、
  一体 何をおっ始めるつもりでしょうか、もーりんさんたら。
(苦笑)


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